近ごろさまざまな食事療法、食事制限が登場しています。なかでも現在、もっとも脚光を浴びているのは糖質制限です。
正しい食事とはいったいなにか? わたしたちはその答えをついにはるか祖先、農耕社会がはじまる以前の狩猟採集民にまで求めるようになったのです。
でも、ほんとうにそんな必要があるのでしょうか。わたしは曾祖父母までで十分だと思うのです。なにしろそのころ、アトピーや糖尿病で苦しむ人なんてほとんどいなかったのですから。ガンで亡くなる人も、いまよりうんと少なかったのです。
人間が炭水化物に適応していないというのは本当か
ヒトの身体は炭水化物(糖質)の摂取には適応していない、というのが糖質制限擁護派の常套文句。しかし、彼らが言うようにほんとうに炭水化物はそんなに悪い食べ物なのでしょうか。
わたしはそんなことはないと考えています。その根拠をお話します。
その前に、糖質制限擁護派の主張をざっとまとめておきます。
人類が農耕をはじめてから、まだ数千年と経っていない。それまで700万年ものあいだ、ヒトは狩猟採集生活を送ってきた。その間、炭水化物はたまにしか口にできなかった。食べ物の中心は、動物の肉か魚。このほか木の実や野草などを食べていた。
だから現代人の身体はまだ、糖質の代謝に適応していない。ヒトの中心的エネルギー源はいまも脂肪酸(脂質)で、ブドウ糖(糖質)はいざというときの補助的なエネルギーという位置づけである。
人間の身体が脂肪を中心に蓄えるようにできているのがその証拠。人体に蓄えられているエネルギーを見ると、脂肪はグリコーゲン(ブドウ糖)の60倍以上もある(カロリーベース)。基礎代謝に使われているのも脂質中心だ。
だいたいこんなふうですね。
以下は、これに対するわたしの反論、というより補足のようなものです。
古代人は、炭水化物(でんぷん質)をよく食べていた
西洋世界ではたしかに狩猟採集が中心でした。だから欧米人と糖質制限は、ひょっとすると相性がいいのかもしれません。でも、わたしたちはちがいます。
「照葉樹林文化論」という有名な学説があります。それによると、温暖湿潤な気候のおかげで、原始時代の日本にはナラやブナなどを中心とした肥沃な森が広がっていたそうです。そこではでんぷん質の食物がよく採れた。
古代日本人はどんぐりや栗、芋などの根菜類をよく食していたのです。根菜を水にさらして食べたり、蒸してお餅にしたり、それを発酵させてお酒をつくったり、豆類を発酵させて発酵食品をつくったり……。じつに多様で変化に豊んだ食生活を送っていたようです。
炭水化物(糖質)を日常的に食していたのです。もちろんいまのような精製技術はありません。わたしたちのご先祖は、未精製の炭水化物を食べていたのです。
腸内細菌は炭水化物に適応している
わたしたちの身体がもし(精製、未精製問わず)炭水化物に適応していないとしても、わたしたちと共生している乳酸菌などの微生物はきちんと適応しているはずです。
わが国で農耕がはじまってから2000~3000年。この時間は、生物学的にはきわめて短いものです。動物が食性の変化に適応するにはたしかに時間が足りません。けれども微生物の世代時間は、人間とは桁違いに速いのです。大腸菌などは30分程度。人間は22年くらいです。
memo
「世代時間」というのは、細菌や細胞が分裂、増殖する時間のこと。
さて、22年というのは、
- 22年 ? 365日 ? 24時間 = 19万2720時間
腸内細菌(大腸菌)は、30分で次世代が誕生しますから、
-
192720時間 ÷ 0.5時間 = 38万5440回
22年間では、38万5440回世代交代することになります。
日本に稲作が伝来し普及して弥生時代がはじまったのは、紀元前4?10世紀のことです。少なく見積もっても、日本人がお米を食べはじめてから2400年が経過しています。
腸内細菌にとっての2400年を、ヒトに換算すると、
-
2400年 ÷ 22年 ? 385440回 = 4204万7996年
腸内細菌がお米を主食にしてから、人間でいうと4000万年以上が経過したということです。
ちなみに人類の祖先が地球上に出現したのが700万年前。原生人類の祖先(ホモ・エレクトス)があらわれたのが200万年前。その21倍の時間です。日本人の腸内に棲息する100種100兆個(1000種1000兆個以上とも)の微生物が適応するには十分すぎる時間があったわけです。
腸内細菌は、宿主であるヒトの消化吸収を強力に支えてくれている存在です。そればかりか神経伝達物質を含むホルモン分泌にも深く関与しています。彼らが糖質の代謝に適応していたからこそ、明治あたりまで、わたしたちのご先祖は糖質(お米や雑穀、お芋や根菜)をなんの問題もなく食べてこられたのです。
そして曾祖父母が生きていたころ、現代人を苦しめているような病気はなかったのです。ほんの100年前のことです。そのころはお米の脱穀はいまほど一般的ではなかったし、加工食品だらけのコンビニもスーパーも、国道沿いの飲食チェーンもファストフードもありませんでした。
曾祖父母たちの食生活は、現代人とはクジラとイワシくらい異なっていたのです。
ヒトは本来、肉食だというのはあやまり
糖質制限推進派の一部には、肉と卵とチーズと油(動物性脂肪)を食べていればそれでいい、野菜や果物も控えたほうがいいと主張する向きがあります。
でも、ヒトの先祖を現生人類以前までずっとさかのぼっていくと、チンパンジーやゴリラとの分岐点にたどりつきます。この時点ではわたしたちのご先祖も草食性でした。そこから出発し、現在の雑食性にいたるわけですが、その過程でヒトは肉食性になった、だから現生人類もほんとうは肉食動物なのだとする説に、わたしは首をかしげてしまうのです。
それならどうしてわたしたちの大腸は、食物繊維や(難消化性)でんぷんが大好物のバクテリアたちに占拠されているのか。野菜や穀類を餌とする腸内細菌の避難所(虫垂)まで備えているヒトの消化器官のしくみは、人間はいまも肉食動物などではなく、肉体の維持に植物が必要であることを教えてくれています。
まとめ
驚かれるかもしれませんが、あなたの身体のなかで、人間の部分はたったの10%しかありません。
ヒトの細胞の総数は37兆個ですが、ヒトの体内にはその9倍の数の微生物が棲んでいます。わたしたちは自分の身体を自分だけのものだと思っているのですが、大きな勘違い。ヒトの身体は微生物でできている、といっていいくらいなのです。
そして、わたしたちの身体――とりわけ腸に暮らすむ微生物たちは、とっくの昔に糖質(もちろん未精製)の代謝に適応しています。それどろか未精製の糖質はむしろ、日本人のお腹にいる腸内細菌たちのバランスと多様性を亢進、維持していくうえで必要不可欠なものだと思います。
糖質制限推進派の方たちは、この大事な事実を見落としている。
2年間の糖質制限によって、食物過敏症で食べられない食べ物が増えてしまいました。その代わりに得たのが、この結論です。
以下のページでは、糖質制限の方法と危険性についてお話ししています。